masquerade0324のブログ

とある大学院生のメモ書き

相沢沙呼「小説の神様」を読んで思ったこと(駄文です)

好きな作家の一人である相沢沙呼著の新刊「小説の神様」が心に響いたので、久しぶりにブログを更新します。感想というか、思ったことをそのまま書くつもりなので、きれいな文章とはならないでしょうが、悪しからず。

 

小説の神様 (講談社タイガ)

小説の神様 (講談社タイガ)

 

 

お話の概要は、

「売れない高校生作家の千谷一也(ちたにいちや)が、同じクラスに転向してきた人気美人高校生作家の小余綾詩凪(こゆるぎしいな)と関わるようになり、二人で小説を合作するということになる。しかし、千谷は著作が売れないことで持っている悩み、小余綾は人気故に持つことになってしまった悩みをそれぞれ抱えている。そのため、ぶつかり合うこともしばしば。それでも、書くことだけが前に進む方法の二人。そんな彼・彼女が紡ぐ物語。」

といったところでしょうか。

 

このお話の重要な部分として、主人公千谷一也が売れない作家ということです。

何作書いても売れない。文章は非常にうまく、小説の賞でも選考委員から非常に高評価を得ている。でも売れない。なぜ売れないのか。書店には彼の著作よりも明らかに劣ると思われる本が平積みされている。一方、彼の作品は小さな書店はでは配本されていない。売れないのは彼のおもしろいという感性がおかしいから。世の中はもっと安易な感動を求めている。売れるためには彼の書きたいものではなく、世間が求めているものを書かなくてはならない。書きたいものを書けるのは、すでに売れている人気作家だけ。

という状態で、「闇が深い」と言わざるを得ません。

 

これは小説の千谷くんに限った話ではなく、現実にある問題です。自分は物書きではないので出版業界についてはよくわかりませんが、読者として思うところはやはりあります。

例えば、最近はどの書店に行っても目につく所に置いてある本は、有名作家のものばかりです。商売としては売れ筋を売るのが利益確保のためには当たり前かもしれませんが、悲しいこととも思います。無名作家の著作は、いくらおもしろくても売れない、そもそも店においていない。それに対して、言い方は悪いかもしれませんが、全く中身がないような作品なのにやたらと売れている現状がある。世間の人は日々の生活で疲れ、楽に読める、読んだ後に頭・心のなかに残らないような非常に軽い作品を望んでいる。

なんかなーと思わずにはいられません。この著作相沢沙呼先生が、Twitter著作が売れないという発言をされているのを見かけたことがあります。正直、ショックでした。好きな作家の著作が売れていない。酉乃初シリーズ、マツリカシリーズや非シリーズものを読んで、中高生の繊細な心理描写は随一な作家だと思っていたのに、売れていない。世間では、もっと違う作家の作品が売れている。

 

そういった現実の中で、一読者にすぎない私にできることはなんだろうかと考えると、「他人の評価関係なく、自分が好きな作品を買って読むこと」と「読むことで感じる考える何かがあること」の2つだと思います。

前者は、言わずもがなですが売れているから買うのではなく、自分が買いたいと思ったものを買う、というだけのことです。無名作家だから買わない、というのは本当にもったいないと思います。自分がこれだ!と思った作品を買って読むだけでも、自分に何かしらいい影響があると思います。もちろん、作家さんにも。

後者は、「小説の神様」の言葉で言えば作者の作品に込めた「願い」を感じる、ということだと思います。いま自分がこの文章(?)を書いているのも、「小説の神様」に込められた願いに対して、何かしら私が思うことがあったからです。

 

思うままに書いてしまったので、意味不明なことばかり書いてしまいましたが、要するに「これからも好きな本を読んでいく」ということです。

 

最後に、相沢沙呼先生、素晴らしい本をありがとうございました。これからも先生のファンとして、新作を期待しています。